2012年7月3日に朝日新聞青森総局・長野剛記者の「水質浄化」EM菌効果 検証せぬまま授業という、EM(有用微生物群:通称EM菌)に関しての画期的な報道がありました。
EMに関して毎月多数の新聞報道がありますが、そのほとんどはEMを肯定的に紹介するものです。
EMに批判的な記事も少数ありますが、ニセ科学に批判的な方達や研究機関の発表を紹介するものでした。
長野記者の記事は、記者自身が青森県内の学校や県庁に取材して書いたもので、従来のEM批判報道とは一線を画していました。
地方版の記事であったにも関わらず、ネット上で大きな話題になり、当日のうちにデジタル版全国社会面に転載されました。
EM推進運動とマスコミ
EMは1993年に出版された書籍「地球を救う大変革―食糧・環境・医療の問題がこれで解決する」を契機として社会への普及が始まりました。
EM推進者は2000年代半ばまで、批判者と対立した場合に直接反撃することが多く、各地で住民や自治体とトラブルを起こしていました。
そして日本土壌肥料学会や各地の研究機関、マスコミからEMに否定的な報告が相次ぎました。
それらの出来事の主要な内容が斎藤貴男氏の「カルト資本主義」に描かれています。
軋轢が大きかったためか、2000年代半ば以降EM推進者はソフト路線に転じます。
EM推進者は、NPO法人花のまちネットワークの設立、EMによる環境運動、小中学校でのEM教育、など科学者や市民団体からは直接批判しにくい人々への浸透を図りました。
EM推進者の新聞各社への情報提供という働きかけも、ソフト路線の延長上にあったと考えられます。
地方紙や全国紙地方支局に毎月複数の人物から記事提供があれば、取り上げられる機会が増えます。
EM推進者達は、膨大な労力投入の末に、毎月何十件もの新聞記事掲載を実現したと思われます。
おそらく長野記者の記事は、EM推進者達のメディア戦略に大きなダメージを与えたのでしょう。
またネット上でのEM批判を契機にして毎日新聞社からもEMの宣伝になりかねない記事掲載を見直す動きが出てきました。
EMの逆襲
朝日新聞の記事に対するEM推進者の反撃は苛烈なものでした。
そしてEM側の反論に対しては、多くの方達から批判が沸き起こりました。
朝日新聞の記事を巡る攻防の詳細は長くなりますので、拙まとめ「EM夏の陣」をご覧ください。
その直後EM開発者・比嘉照夫氏の驚くべき講演が行われました。
EMを批判する人々や朝日新聞、日本土壌肥料学会に対する訴訟を起こすと発言し、フジテレビに対しては殺害や爆破まで予告する過激な内容でした。
長野記者の記事は、EM推進者にソフト路線を忘れさせてしまうほどの打撃を与え、比嘉氏も思わず本音が出た様です。
フジテレビからのEM批判
一方、朝日新聞の記事とは直接関係なかったにも関わらず、比嘉氏に爆破予告されたフジテレビは、EMを批判する特別番組を製作しました。
関東地方向けのローカル番組だったために、ご存じない方が多いと思いますが、「フジテレビEM菌報道の文字起こし」を作成しましたのでご覧頂きたいと思います。
フジテレビの番組は、ポイントをEMによる放射能除染に絞ったものでした。
比嘉照夫氏をはじめ、EMを推進しようとする人達とEMを使う人達へのインタビューを中心に、EMを批判する人達の意見を織り込む番組構成でした。
見どころの多い番組ですが、中でもフジテレビ記者の比嘉氏に対するインタビューは圧巻でした。
矛盾を指摘されて、説明を二転三転させる比嘉氏に対する追求の手を緩めず、EM除染が如何に出鱈目であるかが明らかになりました。
フジテレビのEM菌番組は、EM推進者の朝日新聞に対する反撃を踏まえたものであったと思われます。
長野記者は比嘉氏に直接取材しなかったことをDNDの出口氏に批判されましたが、フジテレビは比嘉氏への直接インタビューを番組のメインにしました。
フジテレビ記者は、比嘉氏の口から直接『波動』というEMの非科学性を象徴する発言を引き出す事にも成功しています。
この様な形での朝日新聞とフジテレビの連携は、高く評価すべきだと思います。
EMとメディアのその後
朝日新聞とフジテレビの報道で、EMはメディア戦略に一定のダメージを負ったと思えます。
この傾向は、サイエンスライター片瀬久美子さんの分析にもはっきりと現れていて、2012年8月以降EMを扱う記事数に明らかな減少が見られます。
新聞記事とEM菌(1)−データ解析編−
新聞記事とEM菌(2)−考察編−
DND出口氏の長野記者批判に対しても新たな事実が明かされました。
DND出口氏の記事にある青森市立西中校長インタビューの事実関係の確認
その一方で、今後のEM報道に関する懸念材料もあります。
一時掲載数が減少したEM推進の新聞記事が、2013年5月以降再び増加傾向にあります。
またEM報道を見直すことが提案されている毎日新聞社に対して、EM推進者側が地方局の切り崩しを図り、残念ながら一定の成果をあげています。
また関西ローカルですが、読売テレビから海外のEM菌を紹介する番組が放送されました。
さらにNHK新潟からもEM環境教育を紹介するニュースが流れてしまいました。
この様に、EMのメディア戦略は今後更に拡大する可能性があり、懸念を覚える状況が続いています。
菌の言霊
比嘉氏は2012年12月8日に青森県で行った講演会で、フジテレビの番組に対して「爆破予告が効いたのか、前半に事実を期待以上に放映してくれた。私はバンザーイだった」と話しています。
フジテレビの記者に矛盾点を追求されて、しどろもどろになった比嘉氏を見た私には、信じがたい発言でした。
比嘉氏の発言は、EM支持者の動揺を抑えることが主目的だとは思いますが、あるいはハッタリばかりではないかもしれません。
私の予想ですが、比嘉氏は『EM』と『有用微生物群』という言葉を広げることが第一義で、手段は問わないと考えている様に思えます。
EMには科学的に証明できる効果という実体が、本当は無いのでしょう。
そして『EM』と『有用微生物群』という言葉のもたらすイメージ(言霊)こそがEMの本質なのでしょう。
EM開発者の比嘉氏は、細菌がウイルスから進化したなど奇妙な発言を行っています。
比嘉氏には、ウイルスが生きた細胞の中でしか増えることが出来ないという基本的な知識が欠如しています。
比嘉氏は『EM』と『有用微生物群』という言葉を発明しましたが、微生物に関しては素人としか思えません。
比嘉氏とEM推進者達が、日本土壌肥料学会をはじめ科学者達からのEM批判に対して論点を誤魔化すのは、基本的な知識がなくて反論出来ないことが大きな理由なのでしょう。
比嘉氏は『EM』と『有用微生物群』という言葉その物に、科学的な手法を越えた効果があると考えているのかもしれません。
EMの言霊『EM』と『有用微生物群』を広めることには、ニセ科学のEMを利する面もあるでしょう。
しかし、EMのニセ科学の側面に対しては警鐘を鳴らし続ける必要があります。
EMによる除染や環境浄化は、科学ではなく幻術の類であり、日本の未来をEMに委ねるべきではありません。
フジテレビの番組を見れば、より多くの人にEMの持つ問題点が伝わり、EMによる被害が減る筈です。
EMの問題点に気が付かずに放送したNHKや読売テレビなど、メディア各社に対しての啓発にもなります。
EM関連団体を表彰したり支援している省庁や自治体と大企業にも間違いに気づいてもらえます。
フジテレビには、是非全国版で「福島でまかれる"EM菌" 検証!除染効果はあるのか」を再放送して頂きたいと思います。