EM(有用微生物群:通称EM菌)という微生物商品があります。
元々は農業用資材でしたが、環境浄化、教育、医療、土木建築など農業以外の様々な分野へ応用されています。
その一方、擬似科学(ニセ科学)であるという批判もあります。
製造元の株式会社EM研究機構(以下EM研究機構と略します)によると、EMは1982年にオリジナルが開発されました。
EMが世間に認知される契機は1993年に発行された本「地球を救う大変革―食糧・環境・医療の問題がこれで解決する」でした。
EMは開発から長い年月が経過し、日本全国はもとより海外にも普及しつつありますが、その内容についてはほとんど開示されていません。
EM研究機構によると「EMとは、乳酸菌、酵母、光合成細菌を主体とし」と書かれていますが、これらの微生物名は性質や形態に基づく大まかな分類で、具体的なものではありません。
EM開発者の比嘉照夫・琉球大学名誉教授は「各試験研究機関もEM研究機構の同意なしには、勝手に試験をして、その効果を判定する権限もありません」と述べています。
気になるEMについて、個人的にその内容を考えてみました。
EMと乳酸菌
EMは通常原液を増やして使います(リンク先pdf)。
培養されたEM活性液がpHが3.5以下であることから、乳酸発酵が起きていると予想されます。
ところで、乳酸菌は何故乳酸を作るのでしょうか?
乳酸は私たち人間にとって食品になりますが、乳酸菌は人間の食料にするために乳酸を作っているわけではありません。
水の中の多くの生き物にとって、高濃度の乳酸は危険な存在です。
乳酸菌を食べるアメーバなどの原生動物も高濃度の乳酸中では生きられません。
大腸菌などのライバルたちも生存が難しくなります。
乳酸菌は、自分たちには害がないけれど、天敵に対しては武器になる乳酸を作って身を守っているわけです。
酵素と清掃
乳酸菌や酵母などの微生物は、細胞の外側に酵素を分泌します。
様々な酵素で炭水化物、蛋白、脂質などの有機物を小さく分解して、細胞膜から取り込みやすくして栄養摂取します。
微生物自体も有機物ですから、いずれ酵素によって分解されます。
微生物の増えるスピードが分解するスピードを上回れば、微生物は増殖します。
洗濯洗剤に添加されている酵素も、多くは微生物由来ですね。
乳酸菌の場合、他の微生物が増殖しにくくなるように乳酸を増やし、自分たちに有利な環境を作ります。
排水口のヌメりとりなど、清掃にEM活性液を用いるのは、この乳酸菌の性質を利用したものと考えられます。
流し台の水切りかごや排水口のヌメりは雑多な微生物の塊ですが、多量の乳酸菌との生存競争に敗れて消えていくわけです。
プール清掃にEM活性液を使って効果があるのも同様の現象と思われます。
多量の乳酸によって生存が脅かされるのは微生物ばかりではなく、水生昆虫や魚類など多くの水生生物にも当てはまることです。
学校教育の場にEMを用いる場合は、生物の生存競争も併せて教えていただきたいと思います。
塩素系洗剤などによっても水生生物の生存が脅かされることに変わりはありませんが、EMと比較して選択すべきでしょう。
場合によってはEMの方が洗剤より環境負荷が大きいということもあるかもしれません。
環境浄化とEM
河川などの浄化目的でEM活性液を投入する運動が、東京都千代田区をはじめ全国各地で行われています。
このEM活性液の河川投入には、あまり効果がないと思われます。
排水口のヌメりとりやプール清掃と異なり、EMが大量の水で希釈され、高濃度乳酸の効果が期待出来ないからです。
また高濃度の乳酸を維持出来るほど大量にEM活性液を投入すれば、魚類の死滅など直ちに環境に悪影響が出るでしょう。
このためか、EM環境運動ではEM団子を用いる場合が多く見られます(リンク先pdf)。
EM団子は河川に投入した際、水底に沈めるため固体原料の95%が土です。※
従って、EM団子の河川投入は、主に土を投入していることになります。
土は多くが粘土や砂など鉱物に由来し、鉱物は無機物ですので生物はほとんど分解することが出来ません。
河川や海の場合は水の流れがありますので、いずれEM団子も流れ去ります。
しかし、池やお濠りの様に水の流出が無いか、あっても少ない場所では状況が異なります。
土が堆積し、池やお濠りの水深が浅くなる原因にもなりかねません。
松本城のお濠りで浚渫が必要になった原因の一つにEM団子があるとしたら悲劇です。
また、EM団子をアオコ退治に使用して、まったく効果がなかったとするオランダの査読付き論文もあります。
※)EM団子で固体原料の95%に土を使用するのは、EM研究機構の資料に従った場合です。EM団子に含まれる土の比率は、団体によって異なる場合があります。
EMと坑酸化
EMには抗酸化作用があり、様々な効果があるとされています。
リンクの例では鉄釘の錆が落ちていますが、これは乳酸によって錆と鉄の境界が溶かされ、錆が沈んだものと思われます。
またEM活性液は密栓して培養するので、微生物が酸素を使い尽くします。
酸素が無ければ酸素による酸化は起きませんが、これは抗酸化作用とは違いますね。
EM開発者の比嘉氏は、酸化と還元をエントロピーとシントロピーに喩えています。
シントロピーは蘇生を意味する比嘉氏の造語で、比嘉氏の定義によれば、酸化は悪で還元は善ということになります。
私たちは呼吸により空気中から酸素を取り込み、炭水化物や脂質などを酸化することで、生きるためのエネルギーを得ています。
人間ばかりではなく、動物はもちろん光合成で酸素を生み出す植物でさえ、夜間は酸化によってエネルギーを得ています。
酸化を悪とすることは、生命活動そのものを否定することに繋がります。
EMと除染
EMで放射能対策が出来るとし、福島県を中心に各地でEM活性液の散布が行われています。
EMの除染効果については疑問を述べる方がいます。
フジテレビからもEMの除染効果に疑問を呈する番組が報道されました。
実際にEMにより放射性物質が無くなることがあるのでしょうか?
放射性物質は、放射線を測定することで所在が判ります。
放射線は様々な物質で遮断されますので、状況によっては見掛け上放射性物質が無くなったように見えることがあります。
EM活性液の成分は大部分が水ですが、水は優秀な放射線遮蔽物質です。
またEM活性液の大量散布により、地表に薄く降り積もった放射性物質が他所に流れていくこともあるでしょう。
土壌の放射性セシウムは、粘土により強固に固定されます。
EM活性液には乳酸が含まれていますが、酸には金属や金属酸化物を溶かす性質があります。
EM活性液を散布することで、地表近くにあった放射性セシウムが溶かされ、少し地下に潜ることが考えられます。
土自体も放射線遮蔽物質ですので、放射線量が減り、見掛け上放射性物質が消えたように見えるかもしれません。
ただし、土壌に固定された放射性セシウムを溶かすということは危険な面もあります。
そのままであれば土壌に固定されて植物に吸収されにくい放射性セシウムが、植物に吸収されて食物連鎖に組み込まれる危険性もあります。
EM除染を行う前に、良くお考えいただきたいと思います。
結び
以上のことは、私が普段EMについて感じていることをまとめたものです。
EMは不思議な力があると言われていますが、実際にはさほど不思議なことは起きていないのではないでしょうか。
行政機関やマスコミの方たちがEMを取り上げる際には、効果がどの様なものか、検証することを前提にしていただきたいと思います。
教育関係者の方たちがEMを扱う際には、環境に良い不思議なものとしてではなく、メリット・デメリットがあるものとして教えていただきたいと思います。